兵庫県建築士会阪神支部青年部会

建築と正義と少々お酒好きなお助け戦隊ケンチックの活動日記! 縁の下で頑張ってます♪








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淡路瓦体験旅行その④ 

見学旅行記その④
翌日は朝からいい天気。
宿泊した宿からほど近い場所にある大鳴門橋を見学に行きました。

せっかく淡路島に来たんだからここでしか見られないものを!ということで、朝から出発です。
宿泊した旅館が大鳴門橋のたもとに程近く、まずは大鳴門橋に向かいます。

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道の駅うずしおです。
こちらは、まさに「橋のたもと」。
敷地内にある通路を抜けると橋の付け根にたどり着きます。

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建物とは違うのですが、大鳴門橋を間近に見ることができ、鉄骨を使った建造物のスケールに圧倒されます。
1976年に起工し約10年の年月をかけ1985年に開通しました。
潮の流れのはやい鳴門海峡にも耐えられるよう、多柱基礎構造を採用するなどユニークな造りになっています。
今年で約25年の月日が経っていますが古さを感じさせないメンテナンスの良さと迫力を感じました。

鳴門海峡の壮大な情景を堪能した後、こちらも知られざる有名建築物「若人の広場」に向かいました。

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1966年に丹下健三氏によって設計された建物。
学徒動員によって命を落とした学生の魂を弔うための記念碑として造られました。
当初、野県に建設の話が上がりましたが当時の南あわじ市の市長が「わだつみとは海のことである」と
海のない長野県に建設されることに異論を唱え、また淡路島には古くから要塞のある土地だとして交渉され
この地に建設されることとなったそうです。

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また丹下健三氏の作品として世間にあまり公表されていないのは、丹下健三氏もこの慰霊碑の建設に賛同され
設計されたのですが完成式典のときに建設された理由として戦争を主導した政府側の関係があったことに落胆し完成式典を欠席され、自らも公表しなかったそうです。
完成当初は多くの観光客が訪れましたが、時代の流れとともに来訪者も数が減少し、また管理されていた方が
亡くなったり阪神大震災にて大きな被害を受けたことから荒廃してしまった悲しい歴史をたどった建築物です。

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小高い丘に造られた慰霊碑は、遠くからでもはっきりとわかるくらい勇壮にそびえたっています。
現地に到着すると、窓ガラスは割られ、いたるところに震災の面影を残しながらも学徒の魂を鎮めるべく
静かにたたずんでいました。

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建物は、記念館とされていた場所は「学徒たちが必死に身をひそめた防空壕」をイメージされ、また天に伸びる
慰霊碑は学徒たちの夢でもあった「勉学」の象徴でもあるペン先をイメージされたそうです。
海に程近い場所に建つ慰霊碑は、今でも大きく空を貫くようにそびえたっています。
丹下健三氏が当時思い続けた慰霊の気持ちが壮大なスケールとなって形に表されています。
現代の情勢や、人の損得勘定に紛れてしまったこの建物。
もう一度、復活することを深く望みます。

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これまでが今回の淡路瓦体験見学会の内容となります。
兵庫県内でも、まだまだ知り得ることは数多くあると実感しました。
今後も、まず地元を知り建築について考えることのできるイベントに参加していきたいと思います。

報告:和建築設計室 安田和人
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